地域連携・社会貢献

「まち」が大学になる、大学が「まち」になる

鴨台盆踊り

第9回 鴨台盆踊り

一回ごとに目的と目標を持つ 発展期の第6回、第7回、第8回

前回の記事で第3回、第4回、第5回鴨台盆踊りを取り上げ、子どもを中心に地域に定着していく様子を振り返ることができました。今回は第6回(平成28年)と第7回(平成29年)そして第8回(平成30年)の盆踊りの写真を紹介します。

今回振り返ってくださったのは、現在も鴨台盆踊りの授業の担当教員である齋藤知明先生(大正大学心理社会学部人間科学科専任講師)です。

第6回鴨台盆踊り

第6回の授業で初めて行われたのが「リサーチ活動」です(写真1)。リサーチ活動は、大正大学周辺の地域について「どのような人が住んでいるのか」「どのような特徴を持つ町なのか」「どうすれば企画がうまく行くか」を学生が足を使って調べあげ、最終的にその成果を発表することからまずは始めました(写真1)。

エリアマーケティングとして、ターゲットを絞った上で戦略的に広報を展開しました。また、「自分たちが調べた上で最善の行動を考えたのであれば、学生たちは責任をもって実践できるだろう」と考えていました。この取り組みの成果があって、第6回盆踊りでは前回の2,000人から3,500人へと来場者数が増加しました(写真2)

第6回のテーマは「夏のはじめは大学で踊ろう!!」。本番当日は多くの子どもたちが、南門の開場とともにワーッときたのは今でも覚えています(写真3)。駐輪場が足りなくなったりと想定外のことがたくさん起こりましたが、今ではよい思い出です。

鴨台盆踊り
写真1:地域への広報活動
鴨台盆踊り
写真2:多くの人で賑わう
鴨台盆踊り
写真3:構内で遊ぶ子ども達

第7回鴨台盆踊り

過去最高の51人の受講者で始まった第7回鴨台盆踊り実行委員会は、前年は来場者が激増したので、この年は「浴衣客」を増やすという目標を掲げテーマを「“和”になって踊ろう!」としました。デザイン、活動記録など新たな班を形成し、行事の広報だけでなく、自分たちの活動も広く知ってもらうこと目指しました。

七夕も含む本番2日間は、天気に恵まれたこともあり、来場者は前年を超える4,500人を数えました(写真4)。この年から、総合プロデューサー塩入法道先生の念願であった大正大学校歌による踊りの他、AKB48の「365日の紙飛行機」や「恋するフォーチュンクッキー」などの流行の曲を使った踊りが展開され、大学らしい盆踊りとしての個性が強くなりました(写真5)。

鴨台盆踊りの最大の長所は、2日間開催されることです。つまり、初日の課題を翌日にすぐに解決できます。初日は行事運営に慣れず指示を仰いでばかりだった学生たちが、2日目には自分たちだけで自主的に課題を洗い出して解決を試みようとしていました。準備途中に火災報知器の誤作動があって中断したり、盆踊り開始直後にブレーカーが落ちて一時中断になったりしましたが、学生たちが落ち着いて行動していたのが印象として深く残っています。これが翌年以降の、学生たちだけで運営を実施していくことにつながっていきました。

また、7月前半での盆踊りは珍しいのか、各地から「盆オドラー」と呼ばれる方々が集まって、盆踊りの輪を大きくしてくれました。地域の方だけでなく、東京中から集まる盆踊りへと発展した手応えを感じた第7回でした(写真7)。

鴨台盆踊り
写真4:七夕を彩る短冊の飾り付け
鴨台盆踊り
写真5:大正大学校歌による踊り
鴨台盆踊り
写真6:和装の方が多く来られた

第8回鴨台盆踊り

第6回、第7回と順調に来場者数を伸ばし続ける一方で、空間には限りがあり、これ以上数を伸ばそうと努力してもあまり意味がないと感じました。それよりも第7回のときに垣間見えた「大学らしい・大学生らしい盆踊り」を徹底したいと学生たちから声が上がります。また、第8回は礼拝堂解体前の最後の学内イベントということで、一つの集大成にしようと、毎年盆踊りの指導をしてくださる坂東扇太惠先生がおっしゃっていた「たかが盆踊り されど盆踊り」をテーマとして掲げました。

そこで、大学生の参加者を増やして、メインである盆踊りの強化を図ります。その方策の一つが櫓を2段にして櫓の上で踊れる場所をつくることでした。つぼみの会のみなさまと学生たちが一緒に櫓の上で踊って、大学の盆踊りをアピールしました(写真7)。加えて、この年リバイバルヒットした「ダンシング・ヒーロー」もラインナップにいれました。これが大当たりで、2日目の盆踊り最終盤に「ダンシング・ヒーロー」を踊り終わった後に、会場全体からアンコールの声が沸き起こりました(写真8)。

事前にあらゆることを想定したマニュアルが、各班で自主的に作られたのもこの回からです。1日目の盆踊りの途中でゲリラ豪雨に遭い、外から中への避難を強いられました。さすがにそこまでマニュアルには書かれていなかったのですが、事前の準備が万端だったおかげで非常にスムーズに混乱することなく避難ができました。3年ぶりに3号館内でおこなわれましたが、それはそれで多くの人が所狭しと踊っていました。音が反響することもあり、ちょっとしたライブ会場のような風景になっていたのが印象的です(写真9)。

鴨台盆踊り
写真7:櫓の上で踊る様子
鴨台盆踊り
写真8:大学生も多く踊りに参加した
鴨台盆踊り
写真9:中でも変わらぬ熱気

ここまで平成の盆踊りを写真を通じて振り返ってきました。第1回のみたま祭りから昨年の第8回鴨台盆踊りまで、すべての回で個性があったたのを感じました。そして、徐々に西巣鴨の風物詩として期待されてきた過程もわかりました。

鴨台盆踊りは、私たち実行委員や音響、出店、実演をする学生だけで運営してきたのではなく、先生、職員の方をはじめ、盆踊りを指導してくださる坂東扇太惠先生やつぼみの会の方々、太鼓で場を盛り上げる鼓友のみなさんなど、本当に多くの方に支えられたのがわかります。このことを決して忘れず、参加されるみなさまや関わってくださる方々が心から楽しめる盆踊りを、令和の時代になってもつくっていきたいと思います。

記事 活動記録班
人間学部教育人間学科4年 藤元星樺

第9回鴨台盆踊り 人と霊輪になる

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問い合わせ先 大正大学 教務部