カルチュラルスタディーズコース

カルスタ漫画・アニメ・ゲーム研究会「トワイライト」の活動報告⑲

あけましておめでとうございます。
カルチュラルスタディーズコースの学生たちも、それぞれに新しい希望を強く抱いて、新年を迎えていることと思います。
今年も切磋琢磨し、情報のアンテナを共有しながら、意欲的に文化研究に取り組んでまいります。
カルチュラルスタディーズコースのブログでも、たくさんの活動をお知らせできるように、充実した一年にしたいと思っています。

今年最初の記事はトワイライトの活動報告です。
冬休みにメンバーから記事が届きました。

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 どうもこんにちは、3年のMAです。久しぶりに私の方から報告したいと思います。この度、私が担当した回ではアニメーション映画『屍者の帝国』を鑑賞し、議論しました。原作は春学期に見た『ハーモニー』の伊藤計劃に加えて、円城塔です。『ハーモニー』の回の報告と同様に、原作の小説にはあまり触れずに、映画としての『屍者の帝国』について報告します。

 

 映画『屍者の帝国』のテーマを一言で表すと、「魂はどこにあるのか?」という問いであるといえるのではないでしょうか。『屍者の帝国』という物語の根幹をなしているのは、死者技術という死んだ人間を労働力として活用するための方法です。主人公は死者技術により動く屍となった友人の魂を取り戻し、もう一度、友人と出会うために世界中を巡ります。

 さらに映画のキーワードは「言語」でないかな、と思っています。主人公は「思考は言語に先行する」という考えの下、思考の背後には魂が隠れているという信念を持っています。友人の魂を取り戻すことは、友人がもう一度言葉を話すということです。

 しかし、作中では主人公の考えとは反対の考えも述べられます。主人公の最大の敵は「言葉が思考を形成する」と語るのです。ここに、映画『屍者の帝国』には「言語が先か」「思考が先か」という、哲学的な対立を見て取れます。

 映画の視聴後にトワイライトメンバーの一人と上記の対立について言い合い、ちょっとした論争になったのはいい思い出です。答えは出ませんでしたが。

 

 個人的には主人公と友人の関係が気になります。どう転んでも、同性愛的にならなかったのはなぜだろうかと思います。原作者の同じ『ハーモニー』は原作小説では少し親密な友人関係であったのが、映画では女性同性愛的な要素が取り入れられたことを思うと、なぜ『屍者の帝国』ではそういった変更にはならなかったのだろうと少し考えてしまいます。ここに映像表現におけるジェンダーの作用が働いているのではないかとも考えられます。もっとも、映画では主人公と屍となった友人は、小説では見知らぬ赤の他人であったことを踏まえると、たいした問題ではないのかもしれません。

 

 以上で、映画『屍者の帝国』の報告を終わりたいと思います。

 2017年はトワイライトメンバーの大半が就活生になりますが、これからも、なるべく活動できたらいいなと思います。

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2017年、トワイライトの活動を牽引してきた3年生のメンバーは4年生に進級し、卒業後の進路を考える時期を迎えます。
これからどのようにトワイライトが後輩に引き継がれていくか、楽しみです。

1月はいまのメンバーたちが中心となり、金曜日の4時間目、5時間目の時間帯に2号館6階のゼミ室で活動を続ける予定と聞いています。だれでも大歓迎、とのこと、ご関心があれば、ぜひ2号館6階にいらしてください。場所がわかりにくいようでしたら、2号館7階の人文事務室でお尋ねください。映像を見るので、部屋を暗くしていますが、遠慮なくお入りください、とのことです。

                                             ♪伊藤淑子



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