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鴨台会報・ホームページ連載企画「My Way -私の歩んできた道-」・・・第3回『ビジネススクール時代』が掲載されました

鴨台会報NO.94のホームページ連載企画

「My Way -私の歩んできた道-」(表現学部長 西蔭 浩子 教授)

 

今回は続編 第3回『ビジネススクール時代』です。

 

30歳代でビジネススクールの校長を任されることに。それまでずっと語学教育に携わってきた先生は、「なんで私が?」と意外な気持ちで引き受けたとか。

それでも「人を育てられるチャンス」と考え、新しい仕事をエンジョイしたと振り返ります。

 

 

●通訳や留学生指導と、まったく違うお仕事ですね。

 

 勤務していた学校が新しくビジネススクールを始めることになったんです。ちょうど雇用機会均等法の狭間のところで、印象がいい、タイプやワープロができる、英検2級程度の英語力を持っている、就職にあたって女子にそんな資質やスキルが求められていた時代です。いわば就職対策スクールですね。

 校長をやってみないかと打診を受けた時、まったく畑違いの仕事でしたので、本当に驚きました。でも、これもチャンス。英語とパソコンならなんとかなるだろうと、持ち前のポジティブ精神で引き受けてしまいました(笑)。人を育てるチャンスでしたし、自分が深く知らない企業やビジネスの世界に触れることができるのも楽しみでした。

 

●どのようなご苦労がありましたか?

 

 特に最初の3、4年は学生をなんとかいい企業に入れたいという思いがあって、企業とのコネクションづくりに努めました。昼間は企業回り、夜も企業の懇親会に参加して、朝から晩まで働いていた記憶があります。そんな苦労をして送り出した学生ですが、「西蔭さん、あの子はちょっと困るよ」とお叱りの電話を受けたことも。聞けば、イアリングの大きいのをつけて髪を上げて面接にいったとのこと。前日に細かく指導しているにもかかわらずです。もう1回チャンスをくださるということで、連れていったら「なかなかいい子じゃないですか」と言ってくださりひと安心。ここまではありがちな話ですが、まだ続きがあります。面接後に企業の方と食事をすることになり、「ビールでもどうですか?」と言われて、私が「いいえ」と言ったのに、学生が「はい!」と・・・。まるで学生たちの母親のようでしたね。苦労半分、楽しさ半分といった思い出でしょうか?

 学生たちを応援する仕事は素晴らしい。そんな思いがさらに強くなっていきました。当時の学生たちが幸せになっていてくれると嬉しいですね。