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綜合仏教研究所

【開催御礼】公開講座「玄奘の往生願望と初地の意義」

綜合仏教研究所では、7月17日(水)に、京都大学人文科学研究所教授の船山徹先生を講師にお迎えし、公開講座を開催いたしました。

以下、伊久間 洋光 研究員の報告レポートです。

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綜合仏教研究所では、京都大学人文科学研究所教授である船山徹先生を講師にお迎えし、公開講座を開講いたしました。講座のテーマは「玄奘の往生願望と初地の意義」です。

 仏教の歴史の中に聖者はいたのでしょうか、いなかったのでしょうか?このような問いに基づき、先生は近著『仏教の聖者―史実と願望の記録』と『六朝隋唐仏教展開史』で、菩薩修行体系に関する諸資料を再検討されました。

 聖者・聖人を意味するサンスクリット語はいくつかありますが、「尊き・聖なる」を意味するāryaが一般的です。先生は大乗と小乗それぞれの聖者/āryaの定義について、しばしばその範囲について誤った理解が見られることを指摘されます。即ち、大乗については「菩薩」には聖者菩薩と凡夫菩薩の二種類があり、菩薩がすべて聖者なのではなく凡夫としての菩薩も存在すること、声聞については「阿羅漢」のみが聖者ではなく、四果のいずれか一つを得たものはすべて聖者であることなどです。

 先生はまた、声聞仏教(小乗仏教)の聖者の実例を示され、梁『高僧伝』求那跋摩伝に求那跋摩(367-431)が自ら第二果を得たとしていること、ムンバイ市北方のカーンヘーリ石窟第87窟の塔27(500年頃)のうち、阿羅漢となった人の塔が22基であることを指摘されました。それに対し先生は、大乗仏教においては、聖者であると歴史的に認知された菩薩は、竜樹・弥勒・無著・Vimuktisenaなど一握りに留まり、世親でさえも初地には至れなかったとされていることを示されました。

 また先生は、玄奘の浄土往生願望について、玄奘が天竺で求めた『瑜伽師地論』には、阿弥陀仏の浄土に往生するには第三地以上の菩薩でなければならないとされていることを紹介されました。そのため、玄奘が、『瑜伽師地論』の著者である弥勒が住まい現在も説法をしている兜率天への往生を目指し、さらに、弥勒のいる内院に生まれて弥勒の説法を聞くことを願望したこと、そのような兜率天信仰が玄奘以降の新しいものであることを指摘されました。

 また先生は菩薩十地説の「初地」に含まれる相反する二つの意義を紹介され、初地の持つ価値の二重性を示されました。即ち、初期大乗経典『十地経』から知られる初地が菩薩修行のスタート地点・出発点であるのに対し、後代にインド瑜伽行派の修行体系から知られる初地は現世における菩薩修行のゴール・目標となっていたことを示され、これについて、インドで発した大乗仏教の修行は現世のみならず長い輪廻転生の中で理解すべきものであると指摘されました。

 講座の最後に、先生は、インドの声聞仏教には多くの聖者が輩出されたもののインド大乗仏教の菩薩は凡夫が殆どであったこと、中国仏教でも聖者位に達することは極めて困難とされていたことから、凡夫意識を日本仏教史のみと結びつけることは不合理であること、日本仏教に特有の凡夫意識があるならインド・中国の凡夫との異同を明らかにする必要があるであろうことを指摘されました。

 本講座を通し、梵蔵漢の全ての資料の渉猟、既存の定説への疑いなど、文献学研究者に必要な視座を学ばせて頂く事ができました。ご多忙のところ貴重な御講義を頂いた船山先生に改めて感謝申し上げます。


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ご来場いただいた皆様に厚く御礼申し上げます。

綜合仏教研究所では、今後も研究の第一線で活躍されている先生方を講師としてお招きする予定です。予約不要・参加費無料ですので、ぜひふるってご参加ください。

綜合仏教研究所事務局