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公共政策学科

新型コロナウイルス緊急事態宣言について(尾西先生より)

新型コロナウイルス緊急事態宣言について

 

                                                                                                        2021.9.10

                                                                                       尾西雅博

 政治の世界では、「一寸先は闇」という言葉が使われます。これは、ほんの少し先のことも全く予知できないことを意味しますが、この度の菅首相の退任劇は、まさにこの言葉を思い起こさせるものだったのではないでしょうか。

 さて、その菅政権の仕事納めの一環として、9月9日、新型コロナウイルス緊急事態宣言が延長されることになりました。東京都についていえば、現在発出中の緊急事態宣言は、2020年4月に初の宣言が出されて以来、4回目のもので、しかも今回の延長は、7月22日の宣言発出後、3度目の延長ということになります。

 ところで、このように宣言が繰り返されること、延長が繰り返されることについて、「宣言の効果がない」という意見・感想が語られているのをしばしば耳にします。では、「宣言の効果」とは何か、実は、この点は必ずしも明確でないように思います。そこで、そもそも宣言の効果とは何を意味するか、改めて考えてみたいと思います。

 本論に入る前に基本事項の確認です。日本では「法律による行政」という根本理念があります。すなわち、行政活動は、国民の代表である国会が制定した法律に基づき、法律に従って行われなければならないとする考え方です。これは、「すべての行政活動について法律の根拠が必要」とするものではありませんが、重要な行政活動、少なくとも国民の権利を制限するような活動は、法律の根拠が必要とされています。

 新型コロナウイルス緊急事態宣言をみると、国民生活に大きな影響を与える上、事業者に対し休業命令を出すことも可能とされることから、当然、法律の根拠が必要となります。その法律とは、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」という名前の法律です。新型コロナウイルスなのに、なぜ「新型インフルエンザ」という疑問が生じるかもしれませんが、それは「新型インフルエンザ等」の定義に新型コロナウイルスが含まれているからです。

 前置きが長くなりましたが、ここから本論に入ります。新型インフルエンザ等対策特別措置法において、ウイルスのまん延により国民生活・国民経済に甚大な影響を及ぼす事態、又はそのおそれのある事態が発生したときに、政府は、① 緊急事態が発生したこと、② 緊急事態措置を実施すべき期間、③ 緊急事態措置を実施すべき区域、④ 緊急事態の概要を公示することとされ、その公示のことを緊急事態宣言と呼んでいます。つまり緊急事態宣言は、法律上の一般的な用語としては、「公示」あるいは「告示」というグループに属することとなります。

 では、緊急事態措置とは何を意味するのでしょうか。それは、主に次のような内容です。

(ア)宣言の対象となった都道府県の知事は、住民に対し、外出の自粛その他感染防止への協力を要請できること。

(イ)知事は、飲食店やデパートなどの事業者に対して、営業時間の変更や休業を要請できること。

(ウ)知事は、要請に応じなかった事業者に対して、営業時間の変更や休業を命令できること。

(エ)知事は、(イ)の要請や(ウ)の命令を行った場合、そのことを公表できること。

(オ)この命令に従わなかった場合、過料(30万円以下)を課せられること。

(カ)知事は、医薬品や食品の売渡しを要請でき、応じないときは収用できること。

 これを見て分かる通り、宣言の内容は、基本的に知事に権限を付与するもので、宣言自体が、直接、感染防止策を講じるものではありません。つまり、宣言そのものは「打ち出の小づち」のように直接的な効果を発揮してくれるものではないということです。

 そこで、結局、宣言の効果は、① 知事が法律の趣旨に沿って、適切に権限を行使しているかどうか、② 知事の要請や命令を受けた飲食店などの事業者、自粛要請を受けた住民がそれらの要請や命令に従っているかどうか、③ 副次的効果として、宣言を受けて、住民自身が緊張感を覚え、自発的に感染予防に取り組んでいるかどうかという視点で見ることになると思われます。

 これまでのところ、知事の権限行使が問題にされていることはあまり見受けられず、やはり、宣言の効果に関する最大のポイントは、知事の要請や命令を受けた飲食店など事業者や外出自粛要請を受けた住民が要請などに従っているか否かということになりそうです。したがって、今後も緊急事態宣言の仕組みの下で自粛要請(一部は命令)を中心とした対応を続けるのであれば、その実効性を確保する方策の検証が求められます。さらに、これまでの取組に限界があるのであれば、現行制度を超えたツールの導入(例えばロックダウン的な措置)も検討課題となる可能性があります。

 現在、緊急事態宣言の解除の基準の見直しが進められています。その議論の際、改めて、緊急事態宣言とは何か、その効果について具体的にどう考えるか、緊急事態宣言を政策評価の対象とするとしたら、どのような政策効果を念頭に置くのかといった視点からの議論が望まれるように思います。(2021年9月10日)


公共政策学科教員
尾西雅博
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