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哲学・宗教文化コース

【人文学科哲学・宗教文化コース】宗教文化研究B 京都・奈良調査旅行①

2025年11月12日(水)、13日(木)、「宗教文化研究B」を履修している学生は、髙橋秀慧先生と星野壮先生の引率のもと、京都・奈良を訪れました。
これから全5回にわたり、宗教文化研究Bの履修者が、京都・奈良調査の内容をブログで紹介していきます。

11月12日の朝、私たちは京都駅に集合し、智積院へ向かいました。秋の行楽シーズンということもあり、京都駅前は観光客であふれかえっており、市バス乗り場にも非常に長い行列ができていました。


大正大学とも縁の深いお寺、智積院へ
最初に訪れた智積院(ちしゃくいん)は、 大正大学の設立宗派の一つである真言宗智山派の総本山です。 髙橋先は、智積院を対象とした研究もされているので、 ここでは先生に解説をしていただきました。 智積院は、 江戸時代には全国から多くの僧侶が修行のために集まり、  境内には数多くの寮が設けられていたそうです。
関東で有名な成田山新勝寺や川崎大師、高尾山薬王院も同じ智山派に属しており、 そうした寺院の僧侶たちも、 この智積院で修行を積んできました。
一方、幕末には、多くの人を収容できる利点などから、土佐藩の京都における活動拠点の一つとされた時期もあったそうです。歴史上の出来事が、実際の場所と結びついて感じられる印象的な場面でした。

続いて講堂を見学しました。講堂にある名勝庭園は一面の緑が広がり、静かで落ち着いた雰囲気に包まれていました。池に架かる石橋や泳ぐ鯉を眺めながら、友人と感想を交わす時間もありました。また、講堂内にあった「布袋唐子嬉戯の図」がユニークで印象的でした。
最後に宝物館(大正大学の学生は無料で拝観させていただけました!)を訪れ、長谷川等伯の楓図など、普段は目にすることのできない貴重な作品を鑑賞しました。



カミになった豊臣秀吉を祀るお社
昼食をとり、次の見学先である豊国神社へ向かいました。豊国神社は、豊臣秀吉の死後、その遺言により創建された神社で、祀られている神様も豊臣秀吉(豊国大明神)です。徳川幕府の時代となり、一度は廃絶されましたが、明治時代に再興され、現在の場所に再建されています。近年は名刀「骨喰藤四郎」を所蔵する神社として、刀剣ファンの参詣も絶えないそうです。
豊国神社では、神職の大島さんから、国宝・唐門を手がかりに、豊臣家と徳川家の因縁の歴史とも深く関わる豊国神社の波乱に富んだ歴史について説明をしていただきました。その後、重要文化財である高さ2.7メートルを超える鉄燈籠などを所蔵する宝物館も案内していただきました。


数多くの展示品の中でも、特に印象に残ったのが、重要文化財「豊国祭礼図屏風」です。この屏風は、豊臣秀吉の七回忌にあたる慶長9(1604)年に行われた豊国大明神臨時祭礼の様子を記録するため、豊臣秀頼の命を受けた家臣・片桐且元が、狩野派の絵師・狩野内膳に描かせたものです。境内や周辺の通りで行われる祭礼の様子や、それを楽しむ人々、大道芸や縁日のにぎわいなどが細やかに描かれており、竹の子に扮した人物など、思わず目を引く表現も見られます。400年以上前の祭の様子が、今も生き生きと伝わってくる作品でした。
②につづきます。



<文責:行徳・池田>
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