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国際文化コース

ウィトゲンシュタインのような自転車――シンプルなるものの機能美 A Wittgenstein-like bicycle: The functional beauty of simplicity

星川啓慈

 今回の国際文化コースのブログは、「教員の趣味の紹介」ということで、星川啓慈先生に執筆していただきました。

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ウィトゲンシュタインのような自転車――シンプルなるものの機能美

はじめに
 最初にお断りしておきますが、本ブログは自転車に詳しい人のためのものではありません。「自転車にほんの少し興味がある」方、「ウィトゲンシュタインと自転車が関係あるの?」と不思議に思われる方、「老後の健康のために、自転車でも乗ってみようか…」と考えている方などが、読んでくださることを期待しています。

Photo by Kenichi Takasaki
人生(おそらく)最後の自転車(E.B.S. Float 451S)
サイクルコンピュータなどの機器類も、ボトルケージも、バッグも何もありません。

 高齢者になり、そろそろ職場も定年なので、老後のことを考えなくてはなりません。いろいろと思案しますが、「老後の健康維持をどうするか」はすべての高齢者にとって最大の問題です。そこで、昨年(2021年)、趣味と実益をかねて「長年楽しんできた自転車生活の最後に、散歩用の自転車を作ろう!」という決心をしました。「散歩用」とはいっても、散歩を楽しむだけではなく、アンチ・エイジングのための運動効果もふくめての話です。

Photo by Kenichi Takasaki
部品の組付けが始まる前のフレーム

「ウィトゲンシュタインのような自転車」
 私が研究している哲学者に、L・ウィトゲンシュタイン――オーストリア生まれの天才哲学者、1889年‐1951年――という哲学者がいます。大富豪である父親の庇護をうけていた時代を除けば、「非常にシンプルで飾り気のない生活をしていた」と伝えられています。それは、彼の服装や住んでいた部屋の内部からも、彼の知人の証言からも、彼が内装を担当した建築物(ストンボロウ邸)からもわかります。
 たとえば、ウィトゲンシュタインの教え子でありかつ友人であった哲学者のマルコムは、ケンブリッジ大学で教えていた彼について、次のように書いています。

 1912年、父親が没してのち、ウィトゲンシュタインは多大な財産を所有していた。戦争〔第一次世界大戦〕から帰って彼のした最初の仕事の一つは、自分の金を全部他人にやってしまうことであった。それ以来、非常な簡素さ、時には極端なつつましささえもが、彼の生活の特徴になった。彼の服装は略式で、ネクタイや帽子を身に着けた彼を想像することなどできない。一台のベッド、一台のテーブル、それに数脚の簡便椅子が彼の家具のすべてであった。装飾品は、どのような種類のものでも、彼の周辺から取り除かれた。(マルコム『回想のヴィトゲンシュタイン』)

 さらに、ウィトゲンシュタインは航空工学上でも歴史に名を残す仕事をしています(註1)。個人的には「工学にも詳しい彼なら、どういう自転車を作るだろうか」という想像(妄想?)を巡らします。また、彼は姉の邸宅(ストンボロウ低)の建築にも深くかかわりました。真面目な話、もしも彼が自転車を設計したとするならば、彼が考案・設計したその邸宅の「ドアノブ」の分解写真から予想できるように、自転車の部品まで自分で設計した可能性は充分にあります。そのコンセプトは「シンプルであり機能性に富むこと」となったでしょう。

哲学者ウィトゲンシュタインが(1927年頃)設計した、ドアノブ
こういう細かなアイテムまで設計していたようで、驚く――究極の機能美
出典:WITTGENSTEIN: Eine Ausstellung der Wiener Secession, Wiener Secession, 1989.

 今回私が作ってもらった自転車は、「シンプル」であり「機能性」に富んでいます。また、多くの人がいうように、「シンプルであり機能性に富むもの」は美しいです。
 以上のようなことが、今回のブログのメインタイトルとサブタイトルを上記のようにした理由です。



ミニベロのシングルスピードの自転車
 私は腰椎にやや問題があるのと狭い自宅の収納の関係とで、「ミニベロ」(小径自転車(註2))にすることはすぐに決まりましたが、問題は「どういうミニベロにするか」でした。紆余曲折のあげくにたどりついた結論は、「ミニベロのシングルスピードの自転車」ということでした。「泥除け」(マッドガード)のついた、マニア好みのクラシカルな自転車にしようかとも思案したのですが、最終的に断念しました。

週末に50kmほど乗っている、ロードタイプのミニベロ(Tyrell PK1)
前のギアが2枚で、後ろのギアが10枚

 「シングルスピード」の自転車は、ギアが前後とも1枚で、変速装置はありません(最初の写真参照)。皆さんは「複数のギアがあったほうが走り易いにきまっている」と思うでしょう。実際にそうです(笑)。それでも、自転車愛好家のあいだではシングルスピードは「一度は乗ってみたい」自転車です。
 上のロードタイプのミニベロ(Tyrell PK1)には、前後に複数のギアがあり、スピードを出したいときには、ギアを重くしてスピードを出します。反対に、上り坂や向かい風の場合には、軽いギアにして脚の負担を軽減します。つまり、前後のギアの組み合わせを変えながら、その時々のライディングに最も適したギアの組み合わせで走るのです。
 前後ともギアが1枚しかないとなれば、どういう「ギア比」――前のギアの歯数を後ろのギアの歯数で割ったもの――にするかが問題です。ギア比の決定は、シングルスピードの自転車を作るときの楽しみの1つです。現在乗っている、ロードタイプのミニベロのギアの組み合わせを参考にしながら、次のように決定しました。歯数は、前が55枚、後ろが17枚で、ギア比3.235です。つまり、ペダルを1回転させると、後輪は約3.2回転するというわけです。年齢とともに脚力が衰えるので、将来的にギアは交換することになりますが、自然なことです。


自転車業界の現状
 しかしながら、「ミニベロのシングルスピード」に乗ろうとする人は、あまりいないみたいで、フレームの選択肢がなくて困りました。そうした中、京都のE.B.S. (Engineered Bike Service) というハンドメイドの自転車を作っている工房のフレームが気にいりました。さっそく、もっともベイシックなもの (Float 451S) を注文したのですが、待つこと7か月…。
 その間に部品を調達しなければなりません。私は、自転車の部品(というか自転車全般)について詳しい知識がないので、「これがいい」とか「こういうのがいい」とかということをショップに伝えて、取り寄せてもらいました。しかしながら、「製造中止になりました」「半年待ちです」「生産の関係で今は注文できません」などの連続で、妥協しながら部品を集めざるをえませんでした(ハンドルは再生産されたら交換したい、平行輸入で購入したサドルは「当たり」で良かった…)。それでも、最終的なアッセンブルにはほぼ満足しています。部品の品薄にくわえて、参ったのが、部品の値段の大幅なアップです。
 自転車業界も製造・流通に大きな問題をかかえており(さらに最近の円安のため)、自転車愛好家は部品の決定的な品不足と部品やフレームの急激な(そして、くり返される)値上がりに泣いている、というのが実情です。今回作った自転車も、自転車自体が毎年変化/進化し続けていますし、「今作っておかなければ、この自転車は3年後にはもう作れない」ということも充分に考えられるのです。さらに、製作費もかなりアップするのは明らかです。

ベルを鳴らして人に道をあけてもらうことは、道路交通法で禁止されています。
おそらく実用的には使うことのないベルですが、取り付けが義務付けられているので、
余韻の長い真鍮の小さなベルを付けています。 誰もいないところでベルを鳴らして、
その音を楽しんでいます(笑)。ベルの位置決めについては模索中。

完成した自転車を手にして
 上のような過程をへて、発注から納車まで8か月もかかって完成した自転車を手にしたときの喜びは、子供の時代に味わったような喜びでした。
 肝心要のギア比ですが、ペダルを踏んだ感じは、平地ではちょうどいい感じです。ただ向かい風や坂道ではやや重いですが、アンチ・エイジングのための運動(一種の筋トレ)も兼ねているので、これでOKです。ギアのチェンジは「自分の脚」で肉体的におこなうことになりますが、自分の脚で登れない坂があれば、自転車からおりて押して歩いて登ります。
 もちろん、全体としての乗り心地もいうことありません。ウィトゲンシュタインによれば、これは「私的な感覚」であり、「間違える可能性」はありません(笑)。地面からのショックの吸収もよく、これには、⑴太めのタイヤと、⑵「Floatシートステー」(詳細は割愛しますが、メーカーの宣伝文句を凝縮すると「シートステーをトップチューブだけに接続することでクロモリのしなやかさを感じられる設計」)も寄与していると思われます。下り坂などでペダルを踏まないときのWhite Industries の「コグ」(後ろのギア)の音は、評判・予想どおりの実に小気味よい楽しい音です。
 10年以上乗り続けているもう1台の運動目的のTyrell PK1と、今回の散歩用のE.B.S. Float 451S との2台で、老後生活を楽しみたいと思っています。くわえて、通勤・買物用の「改造ママチャリ」で最寄りの駅を往復したりスーパーに買物にいったりするのも楽しいです。今回の「ウィトゲンシュタインのような」自転車を手にいれたことで、老後の生活の展望がだいぶ明るくなりました。健康寿命も数年伸びることを期待するしだいです。
 値段に関係なく、自分の身長・体重にあわせて作られた(調整された)乗り心地の良い自転車は、乗っているだけで、幸せな気分になれます。

カスタマイズした通勤・買物用のママチャリ。
トゥクリップ(ペダルにのせた足の位置を決める金具)もついています。
ベースは通勤・通学で人気のある自転車ですが、ショップでいろいろと改造して
もらいました。一番の自慢は、車輪の弧にきれいにかぶさっている「泥除け」です。
ショップの人の話では「泥除けステー(一種の太い針金)を綺麗に曲げたり、
何枚ものスペーサーを入れたりして、苦労した」そうです。
私も前かごを自分でカットして小さくしました。

おわりに
 それでは最後に、“シンプルなるものの機能美” (A Wittgenstein-like bicycle: The functional beauty of simplicity)というサブタイトルの意味に、思いを巡らせていただくと幸いです。

Photo by Yasuo Ishigami
2022年7月31日、猛暑でしたが、初乗りを満喫しました。
「散歩用」とはいえ、この日は40キロ以上ライディングを堪能しました(笑)。


構成部品の一部(順不同)
フレーム:E.B.S. Float 451S  ヘッドパーツ:Dura-Ace  サドル:Brooks Swift
ステム:Nitto NTC  ハンドル:Nitto B245AA  シートポスト:Adept Centrum
ブレーキ:Shimano 105  ブレーキレバー:DIA-COMPE SS-6
グリップ:GP エルゴ・コルク・グリップ  クランク: Sugino SG75 144 170mm
チェーンリング:Dura-Ace track 55t  チェーン:Shimano CN-6701
BB: Sugino SG75 専用BB  前後ハブ:White Industries track hub
ギアカセット:White Industries ENO free 17t  ペダル:MKS Compact
タイヤ:Panaracer Minits Tough  リム:中国製アルミリム 451 32H  スポーク:Dtswiss
自転車組付け:高崎健一(サイクルショップFlame)



註1)たとえば、宮崎駿の『ルパン三世――カリオストロの城』で,伯爵が搭乗するオートジャイロのプロペラの先端に付いている「反動推進ジェット」(ティップ・ジェット)に関する研究です。これについては、次の論文を見てください。
星川啓慈「ウィトゲンシュタインにおける宗教と科学・技術との関わりについて」
https://www.tais.ac.jp/faculty/graduate_school/major_incomparative_culture/blog/20210518/67715/
註2)今回作った自転車も、Tyrell PK1 も、20インチ(=直径約50センチ)のホイールですが、普通のロードバイクよりも車輪の周長が短いので、ロードバイクと同じ距離を走るためには、車輪を約1.4 倍回転させなければなりません。走る「効率」だけの話になると、ロードバイクのほうが優れていますが、ミニベロにはミニベロの良さ・楽しさがいっぱいあります。

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◆編集:人文学科助手