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哲学・宗教文化コース

【哲学・宗教文化コース】星野ゼミ:ゼミ合宿報告(1日目)

 星野ゼミでは、8月27日(木)から29日(土)までの2泊3日、大正大学京都アカデミアを拠点にゼミ合宿を行いました。真夏の京都は暑いことで知られていますが、予想していたよりは涼しく、楽しみながら学ぶ3日間になったのではないかと思います。

 1日目は昼にアカデミアに集合し、三十三間堂、京都国立博物館、豊国神社、方広寺、六波羅蜜寺、建仁寺などを歩いて巡りました。夜にはミーティングと発表会を行いました。2日目は大阪へ向かい、露天神社、大阪くらしの今昔館、大阪城、大阪歴史博物館などを見学しました。3日目は、京都御所や京都迎賓館などを見学しました。

 以下は、ゼミ生たちによる報告記事です。まずは1日目、ぜひご覧ください。(星野)
 

1日目①三十三間堂

 
 三十三間堂の正式名称は「蓮華王院本堂」といい、京都市東山区にある天台宗の寺院です。本堂の内陣の柱間が33あることや、観音菩薩が33の姿に身を変えて人々を救うという教えに由来しているそうです。南北に細長くどこまでも伸びるような建物の外観は、他の寺社ではあまり見たことがない独特さを放っていました。
 
 靴を脱いでお堂の中に足を踏み入れると、薄暗い空間の奥に金色の光がどこまでも続いていました。中央の本尊を囲むようにして、1,001体もの千手観音立像が整然と段違いに並んでいました。1体ごとに表情や手の組み方が少しずつ異なっていると聞き、最初は熱心に見比べていたものの、あまりの密度と数に圧倒されました。
 
 平安時代末期の1164年に、後白河上皇が離宮の一画に平清盛の協力を得て建てたのが始まりとされています。火災で一度失われたあと、鎌倉時代の1266年に再建されたものが今に残っているそうです。歴史の授業で名前だけ知っていた人物たちが、権力や信仰を形にするために造らせた場所なのだと思うと、建物の持つ年月の重みが現実味を帯びて感じられました。
 
 あらかじめ授業で予習してきたわけではないからこそ、現地で純粋な疑問が浮かびました。これだけの数の仏像を、なぜ同じ空間にこれほど緻密に敷き詰める必要があったのでしょうか。仏像を1体拝むことと、1,000体を超える像の群れに囲まれることでは、当時の人々の信仰の感覚にどんな違いがあったのでしょうか。単なる美術品としてではなく、「空間のスケールで人を圧倒するような意図」があったのかも気になり、当時の人々の心理をもっと調べてみたいと感じました。
 
 有名なお寺ですし、修学旅行生や年配のツアー客ばかりなのだろうと勝手に思い込んでいました。けれど、実際に中を歩いてみると、自分と同年代か少し上くらいの若い女性が一人で来ている姿が意外と目につきました。仏像が並ぶ薄暗い空間で、足を止めて静かに一体一体を見つめている姿を見て、観光気分で写真を撮りに来たというよりは、何かにじっくり向き合いに来ているような印象を受けて少し驚きました。合宿で訪れて初めて知った自分からすると、一人でここに来て何を感じ取っているのだろうと、周囲の参拝者の様子も含めて気になりました。(Y)
 
外から見たお堂の様子
庭園を写真に収めている様子
 

1日目②京都国立博物館

 
 三十三間堂を出た後は、向かいにある京都国立博物館へ向かいました。京都市東山区に位置し、周辺には三十三間堂などの歴史的な寺社が多く残されており、京都の歴史や文化を身近に感じられる場所にあります。また、京都に伝わる絵画や彫刻、工芸品、考古資料など幅広い文化財を収集・保存・研究・展示しています。 
 
 今回の見学では、特集展示「辰馬考古資料館の名品―鉄斎との交友、考古学に寄せるまなざし―」と特集展示「埋納―地下に願いを―」を見学しました。特に印象に残ったのは、「辰馬考古資料館の名品」で展示されていた富岡鉄斎筆「阿倍仲麻呂明州望月・円通大師呉門隠栖図」です。作品自体が大きく迫力があったことに加え、鮮やかな色彩が使われており、これまであまり見たことのない表現だと感じました。明治古都館は特別展「源氏物語 王朝のかがやき」の展示作業のため閉館していましたが、庭園から建物を眺めることができました。
 
 京都国立博物館の開館には、明治維新後の文化財をめぐる状況が関係しています。神仏分離令をきっかけとした廃仏毀釈などによって、多くの仏教関係の文化財が失われ、寺社の経済的困窮も文化財の散逸につながりました。こうした状況を受けて1897年に古社寺保存法が制定され、同年、現在の京都国立博物館の前身である「帝国京都博物館」が開館しました。
 
 今回の見学は大学で学んでいることとも深く結びついていました。私は現在、学芸員資格の取得を目指して授業を履修しているため、文化財の保存や考古資料の扱いについて授業で学んだ内容を実際の博物館で見ることができた点が印象に残りました。また、星野先生の異文化特別研究Ⅰで学んだ推し活などをきっかけとして寺社が再び注目され、地域の文化や信仰の継承につながっている事例にも通じるものがあると感じました。文化財や寺社などが、ただ過去のものとして保存されるだけではなく、現代の人々が興味を持ち、関わることで新たな価値が生まれ、次の世代へ受け継がれていくのではないかと考えました。
 
 実際に訪れてみると、東京国立博物館と比べて展示の規模はややコンパクトに感じました。一方で、今回の特集展示はテーマが絞られていたため、一つ一つの資料をじっくり見ることができました。また、明治古都館には入れなかったものの、庭園から建物を見ることができ、展示品だけでなく建物や空間も含めて博物館を楽しめることに気づきました。(F)
 
庭園から見る明治古都館
 

1日目③豊国神社

 
 京都国立博物館を出た後は、近くの豊国神社へ向かいました。豊国神社は、京都市東山区にある、豊臣秀吉を祭神として祀る神社です。大きな見どころは、伏見城の遺構と伝わる国宝の唐門です。境内には秀吉ゆかりの品を展示する宝物館もあり、桃山時代の歴史や文化を感じられる場所です。また、『刀剣乱舞』に登場する豊臣家ゆかりの刀剣のキャラクターとも関わりがあり、刀剣にちなんだ御朱印も頒布されています。
 
 実際に境内を参拝し、唐門を見学しました。唐門には鶴や龍、獅子などの精巧な彫刻や金色の飾り金具が施されており、華やかで豪華な桃山時代の雰囲気が伝わってきました。また、隣接する方広寺では、「国家安康」の銘文で知られる歴史的な鐘も見学しました。
 
 豊国神社は1599年に秀吉を祀るため創建されましたが、1615年に豊臣氏が滅亡すると、徳川幕府によって廃祀されました。その後、明治時代に再興され、現在に至ります。
 
 今回の訪問で、歴史的な場所が現代のコンテンツを通して新たな観光客を呼び込む点に興味を持ちました。ゲームをきっかけにゆかりの場所を訪れる、いわゆる「聖地巡礼」が観光地に与える影響について、さらに関心が深まりました。(K2)
 
 豊国神社にある豊臣秀吉の像。戦時中に制作された陶製の像です。1995年の阪神・淡路大震災で台座が壊れたため一時保管されていましたが、修復され、2019年に現在の場所へ再び設置されました。
 
 豊国神社の唐門。桃山時代らしい豪華で力強い装飾が特徴の国宝です。屋根は大きく曲線を描く唐破風になっており、欄間や扉には精巧な彫刻や金具が施されています。
 

1日目④建仁寺

 
 豊国神社と方広寺を訪れた後は、六波羅蜜寺を経て、1日目最後の見学先である建仁寺へ向かいました。建仁寺は京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の大本山で、1202年に開創された京都最古の禅寺です。
 
 建仁寺には「風神雷神図屏風」をはじめ、さまざまな美しい作品が伝わっており、風情を感じる趣深い場所でした。
 
 特に印象に残っているのは美しい庭園の数々です。まず方丈南側には「大雄苑」が大きく広がっています。白砂に線を引いて水の流れを表現しています。かなり広々とした空間ですが、とても静かで落ち着きがあり、庭園を眺めて休憩している観光客の姿が多く見られました。
 
 また、その先には「〇△□乃庭」と「潮音庭」があります。「〇△□乃庭」は名前の通り〇、△、□の形が庭園の中に自然と溶け込んでいます。この三つの図形は宇宙の根源的な部分を表しており、仏教の「四大」である地・水・火・風のうち、地(□)、水(〇)、火(△)を象徴しているともいわれています。〇と□はすぐに見つけられましたが、△はなかなか見つけられませんでした。ですが、△を探すことで隅々までじっくりと観察することができたと思います。
 
 潮音庭は、中央に三尊石が置かれており、その東には坐禅石、周囲にはモミジが植えられ、どこから見ても美しい庭園でした。石の配置や木々の伸び方もまっすぐではなく、庭の中心に向かって伸びており、木々の影の落ち方まで計算されているように感じました。
 
 建仁寺は最初、天台・密教・禅の3つを学ぶ寺院でしたが、1258年に円爾弁円(えんにべんえん)が入寺したことをきっかけに禅が盛んになりました。そして1259年に蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)が入寺してからは禅の作法が厳格に行われるようになり、建仁寺は禅の道場として発展していきました。こうした禅の考えは、建仁寺の建築や庭園にも取り入れられています。
 
 建仁寺は中国の百丈山にある禅寺を模して造られたと言われており、「大雄苑」も百丈山の景色を模して造られています。ほかにも「〇△□乃庭」には四大の考えが、「潮音庭」には仏教の三尊仏に見立てた三尊石や、坐禅を行うための坐禅石が取り入れられています。実際に現地で鑑賞してみると、三つの庭園はいずれもシンプルなようでありながら、どの角度から見ても整えられており、自然の中にありながらとても統一感がありました。そのため、人工的に造られた空間なのだと改めて感じました。このような空間づくりには、禅宗の無駄なものをそぎ落とすという考え方が大きく反映されているように感じました。
 
 建仁寺を実際に訪れてみて驚いたのは、芸術的な作品が多かったことです。なぜ禅寺である建仁寺にこのように多くの作品が集まっているのか疑問に思いました。庭園以外にも「風神雷神図屏風」や法堂の天井に描かれた「双龍画」、襖には「雲竜図」などの作品がありました。これらの作品が建仁寺や禅宗とどのように関わっているのか、さらに知りたいと思いました。(K1)
 
 
 
 
画像 上:大雄苑 中:潮音庭 下:「風神雷神図屏風(レプリカ)」
 
(2・3日目に続く)
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