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比較文化専攻

1年後に創造的・独創的な修士論文/博士論文を書くための必見マニュアル!

はじめに

 新たな年も始まりました。修士論文/博士論文の口述試験が1月末までありますね。緊張している大学院生もいるかもしれません。

ずいぶん先の話ですが、今年の12月に修士論文/博士論文を提出する大学院生のために、どうしたら優れた論文が書けるかについて、少しお話ししたいと思います。

いうまでもなく、修士号を取得するためには修士論文を、博士号を取得するためには博士論文を書かなければなりません。できれば、周りから「独創的だ/創造的だ」といわれる論文を書きたいですよね。

 優れた仕事を残した古今東西の人々を見ていると、1つのパターンがあるように思われます。以下では、独創的・創造的な着想・アイデアが生れるパターンについて紹介します。

 

 

独創的・創造的な着想・アイデアが生れるパターン

 神経生理学者ベンジャミン・リベット(1916年-2007年)の晩年の著書『マインド・タイム』を読んでいたら、上記のことについてうまい具合にまとめてくれている部分に出会いました。彼は、世界を驚愕させた実験結果――脳活動は自由意志に先行する!――をもたらした、きわめて独創的な科学者です。

 リベットによると、一般に創造性というものは、「無意識の機能」または「あまり意識的ではない精神プロセスの機能」であることがほぼ明らかになっているそうです。問題解決のための想像力に富んだ仮説・アイデアが、ある一定の「無意識の潜伏期間」の後に初めて意識にのぼったという、偉大な自然科学者の逸話がたくさんあります。これと同様のことは、人文科学系・社会科学系の学者、小説家、作曲家、芸術家、宗教家など、種々の分野で活躍した/している人たちにも見られます。

 それらの逸話を読んでみると、すべての場合にとはいわないまでも、多くの場合にかなり似通った経過をたどるようです。つまり、独創的・創造的な発想・仮説・解決案・アイデアなどが生まれるまでの過程のことです。

 その過程を、リベットは以下のように要約しました。

(1)問題または疑問を特定する。⇒(2)その件に関連した情報を収集する/導き出す。⇒(3)「答えを導き出す可能性がある仮説を生み出そう」という意識的な試みをいったん中止する。言いかえると、無意識レベルにその問題への関心を浸透させる。⇒(4)解決への適切な仮説が意識に現われるように、波長を合わせておく。⇒(5)その有用性と妥当性を検証するために、ようやく意識レベルにのぼったその仮説に意識を伴った合理的な分析を適用する。

 リベットもいうように、(3)が重要です。その「意識的な試みの中止」が創造性/独創性をもたらしてくれます。

 具体例を1つあげましょう。有名な数学者であるアンリ・ポアンカレは、ある時、難しい数学の問題の解法に頭を悩ませていました。集中して問題に取り組んでいまいしたが、やがて解くのを諦めました。その後、リヨンへ向けて移動中、バスから降りたちょうどその時、突然、その難問の解法が彼の意識に「浮かび上がった」のです。ポイントは、解法が向こうからポアンカレに訪れた、ということです。かなりの無意識的かつ創造的な思考過程を経て、その解法は生まれたのでしょう。

 リベットの要約に私なりのコメントを付けます。

(1)については、問題・疑問を明確にすることが重要だと思います。曖昧な問題意識では、おそらく良い結果に結びつかないでしょう。何が問題なのか、何が疑問として残っているのかなどについて、明確にしておくことが大切でしょう。さらにいえば、その問題や疑問が良質のもの/シャープなものであるといいですね。

(2)については、上質かつ適切な情報を収集することです。関連のない情報を集めても意味がありません。

 (3)についてですが、リベットは「意識的な試み」とあっさり述べていますし、「無意識レベルにその問題への関心を浸透させる」ことを強調するために、「意識的な試みの中止」に力点をおいているようです。しかし、私見では、この「中止」に至るプロセスが最も大切だと思います。つまり、集中して一生懸命脳を最大限に活用して自分の能力の限界と闘いながら問題ととりくまなければなりません。このことなくして、好結果は期待できません。

 ポアンカレの場合にも「集中して」問題と取り組んでいました。私の知るかぎり、一般に、数学者の集中力はものすごいようです。数か月から数年にわたって1つの問題と格闘しつづける数学者もいるようです。ポアンカレの場合にも、ものすごく集中したからこそ、「諦め」たのです。独創的な研究を生み出し続けたリベットの場合も、集中して問題と取り組んだあと、リラックスした時に独創的なアイデアが浮かんでいます。

 (4)の「波長の合わせ方」は人ぞれぞれでしょうが、リラックスしているときに、黄金の瞬間が到来することが多いようです。バスから降りた時であれ、夢のなかであれ、散歩している時であれ…。おそらく、自分から創造的・独創的な発想・解決案・アイデアなど求めていっても、それらを手中に収めることはできないでしょう。それらは、向こうから私たちのほうにやってくるのです。

 

 

おわりに

 読者は私に対して「偉そうなことを書いているあなた自身は、独創的・創造的な論文を書いたことがあるのか?」と尋ねたいでしょうね。残念ながら、かつ恥ずかしながら、「ない」のです(笑)。その理由は簡単です。つまり、上記の事柄を実践してこなかったからです。

くり返しになりますが、「問題・疑問を明確にすること」「関連した情報を収集する/導き出すこと」「集中して、一生懸命、脳を最大限に活用して、自分の能力の限界と闘いながら、問題ととりくむこと」のいずれもが、不徹底だったからです。「意識的試みの中止」は常に行ないましたが、そこに至るプロセスが中途半端でした。

結論的にいうと、創造的・独創的論文を書くための王道は存在しないのです。今後は、私ももう少し真剣に「意識的試みの中止」に至るまでのプロセスを大事にしたいと思います。

大学院の論文提出はまだ1年近く先の話ですが、1年は、あっという間に過ぎてしまいます。日頃からの取り組みが重要でしょうね。このブログが少しでも、12月の好結果に繋がることを祈っています。

 

 

(比較文化専攻長・星川啓慈)

 

 

【参考文献】

(1)ベンジャミン・リベット(下條信輔訳)『マインド・タイム――脳と意識の時間』岩波書店、2011年、第3章。

(2)藤原正彦『数学者の言葉では』新潮文庫。