学部・大学院

「学び」と「実践」を通じた人材育成

比較文化専攻

哲学者ウィトゲンシュタインが100年前にノルウェーのソグネフィヨルドの最奥部の山中に建てた「小屋」の跡を訪れて・・・(6:ケンブリッジ大学と墓所)

はじめに

 今回は、ウィトゲンシュタインが教育と研究の日々を送ったケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジ、ならびに、その近くにある彼の墓所の紹介です。

 

ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジ

3月の初めだというのに、温かいのどかな日でした。人々は薄着で日光と微風を楽しんでいました。

写真の川は「ケム川」です。ケンブリッジ大学の「ケン」はこの川の名に由来します。つまり、「ケンブリッジ」(Cambridge)という名の由来は「ケム川にかかる橋」(the River Cam+bridge)です。

 

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 トリニティ・カレッジの内部

 

 

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  ニュートンと共に写真におさまりました。緊張しました。

 

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ウィトゲンシュタインの墓所の入り口 

ウィトゲンシュタインの墓所は、トリニティー・カレッジから歩いて30分くらいのところにあります。日本では「セント(聖)・ジャイルズ墓地」としてしられていますが、現在は名称がかわっています。

現在の案内板には“ASCENSION PARISH BURIAL GROUND” とあります。その下に小さい字で、 "FORMERLY…  ST. GILES…” とあり、かつては「セント・ジャイルズ墓地」と呼ばれていたことが分かります。

 

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 2014年3月現在の墓石

 写真で、中央下側にある埋め込まれているものが、ウィトゲンシュタインの墓石です。この墓所にはウィトゲンシュタインの話を聞きに、わざわざノルウェーのショルデンまでいった、ムーアのお墓もあります。

 

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 ウィトゲンシュタインの墓石は、“Ludwig Wittgenstein 1889-1951” としか書かれていない、実に簡素なものです。25年ほど前に訪れたとき、当時の墓守は“Wittgenstein-like” と形容しました。至言です。

 

 

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  掲載した写真は見にくいので、New World Encyclopedia から1枚転載しておきましょう。

 

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おわりに

 6回にわたって、ウィトゲンシュタインが何度もおとずれたノルウェーの小屋の跡のことを中心に、ブログを書いてきました。この連載は今回で終わりとします。

 ご愛読、ありがとうございました。

 

お知らせ

 12月1日からは、「戦場のウィトゲンシュタイン――人類史上初の世界大戦という地獄を闘い抜いた勇敢な兵士にして哲学者の物語」(仮題)の連載を開始します。12回の予定です。12月から開始するのは、この月ならば、まだ「第一次世界大戦勃発」から「100年目」だからです。

とりわけ、具体的な軍事関係の記述に力をいれるつもりです。背景となる「第一次世界大戦」「東部戦線」「ブルシーロフ攻勢」などについても短くきっちり書き込みます。ウィトゲンシュタインたちを痛めつけた「ブルシーロフ将軍」も動画で登場します(10秒位ですが)。

そして、マクギネスやモンクの本で引用されている、ウィトゲンシュタインの『秘密の日記』も大いに活用するつもりです。この日記、英訳も邦訳もありませんが、物凄い内容です。宗教哲学を学んでいる私に言わせれば、20世紀で最も重要な「宗教書」ですね。神、祈り、恐怖、安堵、悩み、戦争の模様、生理的現象、人間関係…。いろいろなことが、率直に、赤裸々に書かれています。

かなりヘビーなブログで、読むのに疲れるかもしれませんが、わが国では異色の読み物となるでしょう。お楽しみに!

 

 

星川啓慈(比較文化専攻長)

 

【付記】

写真はすべて渡辺隆明氏(大正大学研究生)によるものです。