学部・大学院

「学び」と「実践」を通じた人材育成

仏教文化遺産コース

特別企画「学びの探索 教員版」第2回 長澤昌幸先生

公式Facebookページ開設を記念して、学科教員の研究の紹介や教員になった経緯などを紹介する企画です。
大学HPの教員紹介よりも一歩踏み込んだ内容となっております。

高校までには居なかった、専門分野において突出した知識や経験を持つ仏教学科の先生たちを余すことなく紹介します。

学びの探索 教員版 №2
※「学びの探索 教員版」では、学科教員の研究の紹介や教員になった経緯などをご紹介します。
第2回は仏教文化遺産コースの長澤 昌幸先生です。

📜📜仏教の道を歩む-学び、修行、研究の軌跡-📜📜
📕故郷への帰省と幼少期の夢📕
昨年11月、新型コロナウイルスがいくらか収束し、3年ぶりに故郷である山形に帰省しました。久しぶりに両親や弟家族と再会し、家族で過ごす楽しい一時でした。その時、書庫にあった小学校6年生の文集を懐かしく紐解くと、将来の夢の欄に「考古学者」と記されていました。古墳が点在する地域に育ち、将来は実家の寺を継ぎながら公務員として文化財に携わるという、かなり現実的な夢を抱いていた記憶が蘇ってきました。


📕大学生活と重要な出会い📕
さて、実は、生まれつき勉強嫌いで落ちこぼれだった私が、何とか滑り込んだのが大正大学仏教学科でした。入学当初は、自分の勉強不足を顧みず、「お寺の子」だから仏教学科入学という流れにうんざりしていました。そのような私にも転機が訪れます。それは、当時、大正大学教授・浄土宗東京教区重願寺住職であった大谷旭雄先生との出会いでした。父親の代からご縁があり、入学後、ご自坊へお手伝いに伺うことになりました。重願寺様は檀家数も大変多く、土日などは年回忌法要がたくさん行われていました。その全ての導師を勤められ、その合間で原稿の執筆や講義の準備をする大谷先生の姿に驚いたことを覚えています。しかし、当初は同級生が楽しそうな学生生活をしているのを羨み、何度も逃げだそうと思いましたが、そのたび踏み止まりました。それは、大谷先生と寝食を共にするなかで僧侶になる自覚とお念仏の教えを学びたい、という気持ちへ変化したからです。また、重願寺様へ墓参などに来られる檀信徒からは、仏教や法然上人について質問を受けることが時折ありました。その質問に答えるためには知識が必要となり、勉強の重要性と楽しさが自然と身につき、勉強嫌いの私は、気が付けば大学院へと進学していました。振り返れば、9年間、できの悪い私を我慢強く側に置いて下さった大谷先生そしてご家族のおかげで今があります。


📕学究から修行へ、そしてより深い学究の道へ📕
大学院へと進学した当時の研究テーマは、「時宗教学の研究」でした。時宗宗祖一遍上人は、臨終の間近に所持していた経典以外の書物を焼き捨てたため、著作が現存しません。そこで七祖託何上人の主著である『器朴論』を中心に取り上げました。難解な漢文のテキストを読むのに苦労し、挫折の繰り返しでしたが、それでも乗り越えられたのは、研究室の仲間がいたからです。
さて、大学院博士課程修了後、時宗総本山清浄光寺(遊行寺)で1年間の修行に入りました。その頃、諸用のため時宗総本山へお越しになり、偶然にもお目にかかったのが、当時、京都西山短期大学学長・佛教大学名誉教授であった関山和夫先生でした。その出会いが、時宗教学に影響を与えた西山教学を一層意識し研究するきっかけになりました。そして、京都西山短期大学へ非常勤講師・専任講師へ着任することとなり、西山教学の研究者との交流、さらには入手困難な資料を閲覧するなど、研究に幅を持つことができたのもこの頃です。また、在職中、関山先生からは、仏教芸能、特に節談説教に関するお話しを興味深く拝聴する機会に恵まれました。振り返ると、この時のことが現在の専門分野へと誘っています。


📕現在の研究テーマ📕
 さて、現在の研究テーマは2つです。1つは時宗学です。近年、時宗の教学・歴史・儀礼などを含めて時宗学と呼ぶようにしています。根本聖典が無い一遍上人の教学を後続の祖師たちは、どのように展開させたのかを多様な視点とともに、時代も中世から近代までを取り扱い、その全貌を解明することを目指しています。2つ目は仏教文化、特に民衆教化です。現在は「聖・唱導・法会」をキーワードに踊り念仏に取り組んでいます。この2つのテーマは、それぞれ点でしかありませんが、それらを結ぶことで線ができ、その線によって何かが描けるはずです。恩師へ学恩を返するのは、亀より遅い歩みになっていますが、少しでも前へ進めて行けたらと努力しています。


長澤先生の経歴やご専門についてもっと詳しく知りたい方は、以下のリンクをご覧ください。
https://researchmap.jp/read0140982


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