学部・大学院

「学び」と「実践」を通じた人材育成

仏教学コース

【無憂華 プロジェクト】松村妙仁さんからのメッセージ 


松村 妙仁(まつむら みょうにん)
2015年度卒/仏教学科宗学コース(真言宗豊山派)
真言宗豊山派 田子山壽徳寺 住職 

学進学で上京。卒業後、音楽教室運営やコンサート・イベント企画運営会社に就職。 先代住職であった父の死や
東日本大震災をきっかけに、福島に戻ることを決意し、仏門へ。2015年11月、壽徳寺住職拝命。
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大正大学には、科目履修の1年間とその後編入し計3年間在籍。大学では、新たな発見と驚きの毎日で、楽しい学生生活でした。新たな発見は、仏教との出会いです。仏教の事は一切知らずに入学し、仏教が生きるための教えであること、哲学でありとても奥深いことを初めて知り、驚きと学ぶ楽しさを体感しました。お寺に生まれ育ちましたが、跡を継ぐこと、自分自身が出家することなど一切考えておりませんでした。仏教やお寺に良いイメージはなく、嫌い、興味ない、やりたくないと思っていたほどです。

そんな私が様々なタイミングが重なり、こうして僧侶という生き方を選択しています。自坊では仏教に親しんでいただく行事を開催し、お檀家さんや地域の方々とのご縁を大切に、今を楽しみながら過ごしています。お寺が嫌いだった私が、考え方が180°変わり、10年前までは全く想像がつかない毎日を生きているのです。

物事には両極があります。イエスかノーか、表か裏か、良い悪いか。両極でありながら二つがあるから成り立っています。仏教で言えば、而二不二(ににふに)という考え方でしょうか。「二つでありながら、二つにあらず(一体である)」という意味です。

僧侶になるつもりはない気持ちと、僧侶になって良かった気持ち。両極でありながら一つであり、ものの見方が変わっただけです。真正面から見れば「嫌い、やりたくない」と思っていたお寺のことも、少し見方を変えて体験してみると「面白い、もっと勉強したい」となりました。ものの見方を少し変えるだけで、視界は全く変わります。多角的なものの見方をするのが仏教であり、仏教に触れたことでこのような考えができるようになったのです。

コロナによって、今年の初めには想像もしなかった現実を今過ごしています。4月に新学期が始まり、新たな生活に大きな期待を持っていたと思います。想像と現実は両極のように真逆かもしれません。ですが、この機会を「ダメだ終わりだ」と思うか「ピンチはチャンスだ」と思うかで視界は変わってくると思います。

考え方によってはこの経験は二度とできないかもしれません。先のことを考えると不安や心細いこともたくさんあるでしょう。ですが、今みなさんが学んでいる仏教には、苦とどう向き合うか、ものの見方をどうすれば、「苦とおりあい」がつけられるか、教えがたくさん詰まっています。思い通りにならない現実の中、思い通りならない人生をどう生きればいいのか、生きる智慧である仏教を学びながら、今しかできない経験を重ねていってください。

各講師の先生方、助手副手の先生方も親身になって、慈悲の心で寄り添ってくださっていますよね。そこが大正大学の魅力であり、仏道を実践されている先生方だからこそだと思います。わからないことは聞き、心配な事は遠慮なく相談をして、学生生活を思いっきり楽しんでください。この経験を重ねたことは、みなさんのこれからの人生に大きな底力になるはずです。

1日も早く巣鴨のキャンパスでみなさん一緒に学ぶ時間が来ますように、みなさんの学生生活が実りある毎日となりますようにご祈念します。 合掌