学部・大学院

「学び」と「実践」を通じた人材育成

国際文化コース

オリンピックからカルチュラルスタディーズ

オリンピックも終わり、8月も後半に入りました。大学生の皆さんは、夏休みは優にまだ一か月以上はある、と思っているかもしません。受験生の皆さんは、夏の計画のラストスパートですね。思い思いに、悔いのない夏を過ごしてほしいと思います。オリンピック2.jpg

さて、オリンピックは否が応でも「国家」というものを顕在化します。面識もないのに、まるで自分のことのように日の丸をつけた選手たちを応援した人も多かったことでしょう。日本人選手の活躍は、私たちの胸を躍らせてくれました。でも、同時に、国家に対して、素直な感情を抱くことのできない人がいることも事実です。オリンピック.jpg

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7月1日のオープンキャンパスのカルチュラルスタディーズコースの模擬授業はシャウマン先生の「和食の神話」でした。

和食、洋食、というカテゴリー化は私たちの日常に組み込まれています。しかし、和食=日本の料理、ということなら、日本料理は何を指すのか、ということを模擬授業で考えました。

シャウマン先生は、ドイツ料理というものはない、とおっしゃいました。厳密な言い方をすると、「あたかも日本に固有の、しかも同じカテゴリーに入ることが可能な料理群がある」という幻想を抱かせる「和食」という名称に該当する表現として、ドイツ語にはドイツ料理ということばがない、ということです。

ここで重要なのは、文化の内側の視点、外側の視点、です。外側にいる者、たとえば日本にいる私たちにとって、ドイツ料理は存在します。豚の骨付きもも肉のアイスバイン、仔牛肉のシュニッツェル(カツレツ)、キャベツの漬物ザワークラウト、など、たくさんのドイツの料理をあげることができます。でもドイツの中から見たときに、ドイツの料理を総称するような概念も名称もない、ということになります。個々にドイツの各地の郷土料理を指摘することができるだけだということなのです。(注:シャウマン先生はドイツの方です)

和食ということばは、日本の近代化のなかで生まれた概念です。明治維新とともに、文明開化の掛け声のもとに大量に欧米の文化が日本に取り込まれます。そのなかに西洋の食文化も含まれていました。他者を意識することが、あたかも均質な文化であるかのように、日本の食文化をとらえさせます。他者があっての自意識です。

和食という概念のおもしろさは、内側にいる者に共有されているという点です。北海道から東北、関東、関西、九州、四国、各地に固有の料理は小さな差異のバリエーションであって、和食というひとくくりにおさまる基本的な共通項があり、和食という大きなカテゴリーのなかにすべてが含まれる、あるいはそれらのバリエーションが目指すべき共通の規範的調理法が存在する、ということを、日本語のなかに和食ということばが存在するという事実が示しているといえます。

和食は、日常で普通に使われる日本語表現です。たとえ幻想であろうと、神話であろうと、多くの人から肯定されている概念です。カルチュラルスタディーズでは、人びとの合意を得た支配力のことをヘゲモニーといいますが、和食という、無意識のなかに組み込まれた人工的な概念も、一種のヘゲモニーといえるのではないでしょうか。

でも、オリンピックでは、ひとくくりにされることへ不合意も浮き彫りになりました。近代オリンピックは近代国家を基本の単位としていますが、国家というものが政治的に人為的に作られたものである以上、内側の意識との軋轢が発生することは十分に予測できることです。

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2012年のオリンピックの開催地はイギリスでした。じつは、イギリス(英語ではUnited Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)という国ほど、国家とは何か、ということを考えさせる例はないかもしれません。イギリスは、イングランド、ウェールズ、スコットランド、そして北アイルランドという4つの地域(country)によって構成されています。それぞれの地域は国際政治的には主権国家とはみなされていませんが、スポーツにおいては多くの競技がそれぞれ固有の統括団体をもっていて、国際大会では、別の代表として競い合うのです。そこを無理やりイギリス代表として一つのチームに押し込んだのがオリンピックでした。サッカー.jpg

今回のオリンピックで印象的だったのは、男子サッカーです。イギリスとして出場したチームには、イングランドの選手とウェールズの選手が含まれていましたが、試合前にGod Save the Queen を歌うことを、ウェールズの選手たちは固い表情で拒否したのです。ウェールズ人としてのアイデンティティがイギリスチームの選手であることよりも勝った瞬間を多くの人が目撃しました。

和食とオリンピックのイギリス代表チーム――料理とスポーツ、ありふれた日常と4年に一度の栄光の舞台・・・、かなりかけ離れたことのようですが、同じアイデンティティの問題にぶつかります。また秋学期に、オリンピックとは何か、スポーツとは何か、いっしょに議論するのを楽しみにしています。

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カルチュラルスタディーズコースは授業では身近なことを素材にしていきます。でも考察は素材の卑近さと反比例して、深く、鋭く、掘り進めることを目指します。日常的なことに対する確かな理解力と洞察力、そして批判的思考力を身につけることが、私たちの目標です。

8月25日、26日にはオープンキャンパスが予定されています。カルチュラルスタディーズコースでは、新しい企画を用意してお待ちしています。文化を広く、深く探求し、現代を生きていくための汎用性の高い能力を身につけたいと思っている受験生は、ぜひ参加してみてください。在校生たちも、さまざまな題材を用いて自由闊達な議論を繰り広げていくために、意欲的な新しいメンバーを、待ち望んでいます。

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