学部・大学院

「学び」と「実践」を通じた人材育成

宗教学専攻

岡山県の宗教施設研修旅行に行きました①


 大正大学宗教学研究室では、今年度春学期に開講された「宗教思想史特論」(担当:弓山達也先生)の講義の一環で研修旅行として、7月27日~29日に、岡山県の宗教施設を訪問しました。参加者は、弓山達也先生、寺田喜朗先生、院生ら17名です。今回から3回に分けて、研修旅行の様子をお伝えします。1回目となる今回は、宗忠神社および黒住教の本について報告します。
 まず「宗教思想史特論」では、石門心学、報徳社運動、黒住教、金光教といった江戸後期から幕末期にかけて登場した民衆思想・宗教のリーダーに焦点をあて、彼らが残した手紙や言行録などを読みました。そして、これらのリーダーの思想が「こころ」に着目している点や時代背景などを考慮しつつ、どのようにしてその思想が民衆に伝えられたのか検討しました。そこで、その講義で得た知見をより深めるため、黒住教と金光教の本部を訪問し、周辺の宗教施設も訪れることとなりました。
 1日目の27日は、宗忠神社を訪れました。岡山駅集合。バスにて、宗忠神社(通称:大元神社)に伺いました。拝殿、本殿、高弟社、住吉宮・天満宮などの小さめなお宮、教祖記念館を見学しました(温泉もありました!)。


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宗忠神社見学の様子


 教祖記念館は、晩年教祖が暮らした家屋です。そこでは、黒住教の教えの基本を記した七カ条である「日々家内心得の事」が説かれる結婚式などが行われるそうです。黒住教では、「道」が非常に大切な概念として用いられます。家庭での神拝や教会所の儀礼などの折に朗唱される「道の理(みちのことわり)」では、「御陽気をいただきて下腹に納め、天地と共に気を養ひ、面白く楽しく、心にたるみ無きやうに、一心が活きると人も活きるなり。」と何も心配しないで、すべてを天照大御神に任せきって、感謝しながら一生懸命に生活することが説かれます。その生活における実践についての心得を記したものが「日々家内心得の事」です。「健康なのになまけたり、腹を立てて文句を言ったりすることはやめましょう」といった内容が説かれています。黒住教の教えが前面に出る結婚式やお葬式などを行う方は、一般の方と「お道づれ」(信者)の方とが約半々くらいだそうです。また岡山県のHPでは「宗忠神社の御神幸」が岡山県生涯学習センターの講座・講演詳細にて紹介されるなど、地域に根差した神社であることがうかがえます。お道づれでないのにお葬式を黒住教式で行うという感覚は、私にとっての仏教と同じ感覚なのかなと非常に興味深かったです。そこまで地域に浸透していることは、とても新鮮でした。200年前のもしかしたら会えそうな一個人の気づきが、思想として「伝わっている」ことの不思議を体感しました。
 宗忠神社見学後、宿泊施設のある神道山に向かいました。そして大教殿と宝物館とを見学させていただき、黒住信彰教学院長先生より、黒住教学について、講義していただきました。黒住教の教えは、門人(教祖と直接交わった信者)たちにあてられた教祖の手紙・歌や教祖のエピソードなどから、教祖を“真似する”こと(これを御瀬踏(みせぶみ)と呼ぶ)によって体得されるとの言葉が、印象的でした。「日常生活の中で、『感謝する』『心を痛めない(不安にならない、陽気である)』ことが実践されることに注力する。『教祖ならどうされるか…?』と自問自答しながら、反省と改善とを繰り返しながら、教えを体現できるように尽力する。」と身近なことから“教祖を真似る”という教えの実践の仕方に、黒住教の特徴が顕われています。また「(誰かしらが)敬意を表していること自体に敬意を表する。そうすれば、世の中の争いごとはなくなる。」という言葉は、当たり前のようでありながら、実際に発することは難しい言葉であると覚えさせられました。

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大教殿


 夜になり、七夕まつりに参加するため、再び宗忠神社を訪れました。屋台がならび、特設ステージが設置されてジャズコンサートやくじ引きが行われるなど、活気がありました。黒住教色の強いものは除くお祭りの参加者や年間の参拝者などの約9割が一般の方とのことでしたが、そのとおり地域住民の方に親しまれていることを肌身に感じました。
 2日目の28日朝は、5時すぎの日の出にあわせて行われる日拝修行と御陽気修行に参加しました。日拝修行とは、神道山の日拝所にて日の出とともに太陽に向かって大祓えの祝詞などを唱える修行で、御陽気修行とは、太陽の光を「飲み込み」、下腹(丹田辺り)におさめる修行です。太陽の光を飲み込み、御陽気を下腹におさめることで、人間皆に与えられている本来の善良なご分心が立ち現れてくる修行となるとのことです。確かに、お道づれの方から「日の出とともに深く呼吸をすることは健康にもいい」と説明があったとおり、清々しい気持ちになりました。これらの朝の修行の後は、教祖神奥津城や「お道づれ生族の墓」を訪れました。
 今回私は、黒住教の本部を訪れてみて、黒住教を「新宗教」とみていたこれまでの感覚とは異なり、地元の方々にとっては“普通に”神社と認識されているであろうことに、新鮮さを感じました。これは、現地に赴かなければ得られなかった感覚でした。黒住教本部の方々のおかげさまで、「おもしろき」「ありがたき」体験となりました。
 次回は、福田海と吉備津神社について報告します。

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御日拝修行前


(文責・宮澤寛幸)