学部・大学院

「学び」と「実践」を通じた人材育成

仏教学コース

特別企画「学びの探索 教員版」第11回 神達知純先生

公式Facebookページ開設を記念して、学科教員の研究の紹介や教員になった経緯などを紹介する企画です。
大学HPの教員紹介よりも一歩踏み込んだ内容となっております。
高校までには居なかった、専門分野において突出した知識や経験を持つ仏教学科の先生たちを余すことなく紹介します。

第11回は仏教学コースの神達知純先生です。
📜📜僧侶が仏教学に関わるということ 📜📜

📕学びの過程と変化のきっかけ📕
自らの学びを振り返るとき、私にはいくらかの空白期間やまわり道があったりと、常に順調であったわけではないと感じています。しかしそんな時間は決して無駄ではなく、むしろ現在の自分につながっていると考えています。
高校三年生のときに突如として大学受験への意欲を失い、成績は急速に低下し、第一志望の大学には合格できるわけもなく、私は一年間の浪人生活を送ることとなりました。モチベーションを回復したきっかけは意外にも予備校の授業でした。特に世界史の授業は印象深く、講師の「きみたち、山〇の用語集などでの勉強だけでは、いつまで経っても歴史などわからないよ」という言葉は痛快でした。単に事実的知識を記憶するだけの学びなど面白いわけありません。その先生は私たちに学ぶことの奥行きを教えてくださったように思います。次第にやる気を取り戻した私は猛勉強して京都大学文学部に合格、生まれ育った東京を離れることとなりました。

📕京都での学生生活📕
京都大学は想像した以上に刺激的な場でした。とくに文学部ということもあり、学友たちの多くは読書家でした。文学、哲学、歴史だけではなく、美術、音楽、映画など、文化全般に対する関心が高く・・・酒を酌み交わしながら、学友たちとそんな会話ばかりを繰り返す毎日でした。今となってはかなり背伸びをしていたようにも感じますが、学ぼうとする貪欲な気持ちはいつまでも持ち続けていたいものです。現在の私は、大学の授業で「社会に出て活用できる知識を身につけよう」などと話していますが、世の役に立つことばかりが全てではありません。旧友たちとの日々を思い出すと、無駄と思われる学びからも人間は成長できるように考えています。

📕僧侶としての「空白期間」📕
私は寺院で生まれ育ち、早い時期に父の後を継ぐことを決めていました。わがままを言って自由気ままな学生生活を送りましたが、卒業するころに父が大病を患っていることがわかりました。東京に戻った私は住職代理として法務をはじめとする自坊の運営を任されることとなったのです。突然、僧侶として檀信徒と接することになり、はじめは戸惑いしか覚えなかったものの、京都で学んだ仏教学とは違った仏教を知ることとなりました。ただ僧侶として過ごした、この二年の「空白期間」は私にとって大事な意味を持ち続けています。次第に私は宗派の教学をもっと学ばなければという思いが強くなり、大正大学大学院に進学する決意をしたのです。

📕天台教学から学んだこと📕
修士課程在籍時に私が取り組んだのは天台大師智顗の思考構造というテーマで、テキストに『法華玄義』を選びました。智顗の教学は非常に難解であり、天台初学者には無謀な課題設定であったように思えます。実際に漢文は読み下せても、内容がまるで理解できない、悪戦苦闘の毎日でした。また当時の私の志はどこか浮ついており、指導教授からはしばしば厳しいお叱りを受けました。そのなかで「僧侶が仏教学に関わるとはどういうことか。よく考えてみよ」と幾度も言われました。
その叱咤の意図が当時はまるでわからなかったものの、研究を進めていく過程で、段々と理解できるようになりました。智顗の教学の根幹は教観二門といい、学問と修行のどちらかに偏るあり方を厳しく批判し、自らは両者を兼ね備えた仏教の完成を志していました。つまり教観二門とは仏教者の人生に関わる問題といえます。先生は僧侶としていかに生きるべきかを私に教えてくれたのではないでしょうか。学問は学問と割り切る方法もありますが、あの「空白期間」があったことで、私は僧侶として学問に関わることに少しは自覚的になれたのではないかと思っています。
現在の私の関心は宗教的な体験や感情がいかに教学形成に関わるのかという問題です。証明し難いテーマですが、少しずつ歩みを進めていきたいと考えています。

神達先生の経歴やご専門についてもっと詳しく知りたい方は、以下のリンクをご覧ください
https://researchmap.jp/read0155452

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