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国文学専攻

国文学専攻在学生・修了生インタビュー 5号(前編)

大正大学大学院文学研究科国文学専攻の在学生・修了生のインタビューとして、第5号をお届けします。過去の連載第1号第2号第3号第4号は、リンク先をご覧ください。

今回は、国文学専攻の修了生で、本学日本文学科で助手をお勤めの岩谷さんにお話をいただきました。岩谷さんどうぞよろしくお願いいたします。なお、文中森鴎外の「鴎」の字は、異体字が適当ですが、アクセス環境による文字化けを防ぐために統一しました。ご了承ください。



Q.修了された課程と年度を教えてください。また、良かったら簡単に自己紹介をしてください。
2020年3月に博士後期課程を修了しました岩谷泰之です。大学院修了後は日本文学科の助手となりました。
学部卒業後はしばらく、額縁専門店で額装の仕事をしながら少しずつ研究を進め、大学院に戻りました。学部時代の同級生と結婚し、2人の子供と4人で暮らしながら、家族の支えのもと、なんとか博士論文を提出することができました。
もしも大学院進学を迷う方や、今は見送らなければならない方にとって、私の経験が少しでも参考になれば嬉しく思います。

Q.大学院に入学しようと考えたきっかけは何ですか?
学部生の時に森鴎外の「普請中」をテーマに卒業論文を書きました。私の作品に対する解釈が指導教授とは正反対となってしまい、自らの論を提示するため、ひたすら国会図書館で資料を収集しました。しかし1年間で卒論を完成させることができませんでした。
結局2年かけても指導教授や私自身が納得できるような論文を書く事ができませんでした。それどころか締め切り直前まで、どのように論をまとめれば良いのか分からずに困っていました。そうした時に、同じ指導教授のもとで博士論文を書いていた大学院の先輩方が、提出に間に合うようにと私の卒論を見てくれました。長いこと悩んでいた部分に、先輩方が的確な助言をくださったお陰で、期日までに提出することができました。
私は毎日のように朝から閉館まで国会図書館で資料を探し、それで研究を行っているつもりでいたのですが、その資料を用いて論を組み立てるだけの力がありませんでした。それをいとも簡単に行う大学院生を目の当たりにし、私もこのようになりたいと思ったのが大学院進学を考えるきっかけでした。実際には学部を卒業した後は就職したのですが、卒業間近に大学院の先輩方と接する機会があったお陰で、大学院に入るという選択肢が生まれました。

Q.なぜ大正大学大学院の国文学専攻を選びましたか?
中学校の授業で「舞姫」を読んでから作者の鴎外のことがずっと嫌いだったのですが、大学の授業で「舞姫」が取り扱われ、作品の鑑賞の方法を教わったことでその面白さがとてもよく分かり、鴎外に興味を持つようになりました。鴎外作品の面白さを教えてくださった先生のもとで卒論を書いたので、修士論文も同じ先生のもとで書きたいと思いました。
しかし私が大学院に進学した直後、先生はご病気のために退職されました。それでも辞めるまでの2か月ほど、大学院でも「舞姫」の授業を行ってくれました。学部の時とは比べ物にならないほど知識が求められる授業で、1時限で3行ほどしか読み進められないこともありました。
この授業は2カ月間のものでしたが、先生の作品と向き合う真摯な姿勢から、研究者を志すうえで私は大きな影響を受けました。

Q.大学院の試験はどのようなものでしたか? 何か印象に残っていることはありますか?
英語の試験は辞書の持ち込み可能でした。先輩から、すぐに引けるような小さめのものと、それに記されていない時のために厚めのものと、2種類の辞書を持ち込むと良いとアドバイスをいただきました。
その通りに準備を整えて試験に臨んだのですが、当日、隣の席の受験生が辞書を忘れたようでとても困っていました。ですので、どちらの辞書かは忘れましたが1冊貸しました。その方が合格したかどうかも分からないのですが、そのようなこともあるので、辞書は1冊より2冊あると良いかもしれません。

Q.大学院に入って驚いたことはありましたか?
どの授業も基本的に演習なので、毎週のように発表を行っていました。また学部生の授業では人数も多く、発言の機会はそれほどない場合もありますが、大学院の授業は数名しか参加しないため(場合によっては1人ということもあります)、自分の意見は絶えず求められました。そのため発表を行わない時でも授業に参加するための準備が必要になります。
気を抜く事が出来ない授業が続くため、はじめは体調が悪くなることもありましたが、それを繰り返し、先生方に必死についていくことで思考力が鍛えられました。

Q.大学院で楽しかったこと、良かったことはありますか?
研究に打ち込めたということが何より嬉しいことでした。大学院に入ってから教員免許を取得したので、その時に教員を志していたらまた考えも違ったと思いますが、当時は就職活動もしなければと考えながら卒論を書いていたため、面白いと思いながら研究をしていても、それを職業に直結させることは難しく、自分の行っていることは果たして何の意味があるのだろうかと考えてしまうこともありました。当時は大学院進学を考えていなかったため、大学生のうちにしかできないことなのだから今は思い切り研究して、卒業後は仕事に打ち込もうと考えていました。
実際に卒業後は仕事をしながら楽しく暮らしていたのですが、どうしても時々卒論の続きのことを考えてしまい、国会図書館に通って閉館まで資料を探すような生活がどれだけ幸せな時間だったのかと実感しました。

Q.大学院での生活はどのようなものでしたか? 一週間や一ヶ月をどんな風に過ごしていたか、教えてください。
朝は子供を保育園に預け、授業のある日は家事をしてから大学に行き、授業後に図書館で資料を借り、保育園に子供を迎えに行って、家族が眠ってから研究や授業の準備を行いました。授業の無い日や土曜日は事務の仕事をし、可能な時には国会図書館に資料を収集しに行きました。また家族には悪かったですが、日曜日には集中して論文を書かせてもらうという感じでした。


岩谷さん、ありがとうございます。研究の喜びと、その研究に打ち込む時間という大学院生にとって大事なお話をいただいていたように思います。

記事は後編に続きます(→後編はこちら)。


大正大学大学院文学研究科国文学専攻

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